~第五章:二重螺旋の拱門 前編~

地上世界とは / 虹の旅団

「ねえねえ、おじさん。ドワーフってもう見た?」

ボーダー王 歳の頃はボーダーの初等学校を卒業したばかりだろうか、無邪気に目を輝かせた男の子が、初老の男を見上げて話しかけた。ローブを着込んだ男の手には、奇妙な形をした大振りの錫杖が握られている。

「ドワーフ、か……。ああ、見たよ。お城でな」
柔和な笑顔を浮かべた初老の男は、ゆっくりと、しかし少年にもよく聞こえるようにはっきりと応じた。

「すごーい! ドワーフってどんなの? 王様より強い?」
こぼれるような笑みを浮かべて、少年は素朴な質問を重ねた。細い腕に、「紅蓮の剣戟」と記された本を大事そうに抱えていた。

「ドワーフの話が聞きたいのかね、少年。その本を持っているということは、ボーダー王に憧れておるのだな。よし、少しだけ、ドワーフとボーダー王の話をしてあげよう」

一層瞳を輝かせ、大きくうなずいた少年は、両手で本を抱え、男の話を待った。

「その昔、ボーダー王が率いる“虹の旅団”という7人の冒険者集団があった。 人間だけではなく、ロックボムというドワーフが1人、ダムウという獣人1人も仲間におった。

彼らは、人々の安全を守り、生活域を広げるため、このオールドマンズ大湿地に棲む竜を倒しておった。 そしてついにオールドマンズ大湿地の竜をすべて倒した“虹の旅団”は、最後の竜を倒すために“リザーズエッグ”へ潜った。そう、ここボーダー王国からそれほど遠くはない洞窟だ。

最後の竜は、邪な気配を漂わせる巨大な扉を守っておった。 いや、今にして思えば、扉の奥に潜む邪悪な存在から、この樹上世界を守っておったのかもしれぬ……。

最後の竜との戦いは壮絶だった。 人間、ドワーフ、獣人の英傑で構成される7人のうち、3人までもが命を落としたのだから」

暗くよどんだ空を見上げると、男はそこで言葉を切った。

竜 「“真銀の要塞”アーヴィンが身を呈して竜の攻撃を受け止め、“紅蓮の剣戟”とも称されたボーダー王の直槍が最後の竜を貫いた瞬間、その傷から鮮血と共に、緑色の霧が噴き出した。

その霧がボーダー王の身体に届く寸前、ドワーフの英雄ロックボムが彼に体当たりをした。
人間の英雄を、身を呈して庇ったのだ。

霧を浴びたロックボムは、その場に倒れてしまった。
そして、緑の霧は四散し、ロックボムと同じ種族の者たち、すなわち世界中のドワーフに、「老いの呪い」をもたらしたのだ」

固唾を呑んで話に聞き入っていた少年が、泣きそうな顔で、初老の男に問いかけた。
「ドワーフ、死んじゃったの……?」

「ああ……残念ながら。“神の腕”とも称された至高の職人の命運は、そこで尽きた。
“真白き魂”エリスによる蘇生魔術の効果も、打ち消されてしまったのだ。

さらに、最後の竜が息絶えたことが原因なのか、巨大な扉がゆっくりと開き始めた。
そしてその口から、闇とも、光とも、亡霊とも、霧とも見分けのつかない、恐るべき死の瘴気が流れ出てきたのだ。

そのとき、獣人でもあり“風の弓使い”と呼ばれた弓の名手ダムウが、渾身の力で風の魔力を放出した。
そうして、扉の奥へ完全に瘴気を押し戻すために、そのまま扉の中へ入っていったのだ。扉を封印するよう、叫びながら。

残されたのは人間たちだけだった。
我らは、彼らの犠牲を無駄にしないためにも、扉を封印しなければならなかった。
封印する術を知っていたのは、“漆黒の魔女”ミレイだけだった。
しかし、封印の魔術を発動したとき、彼女の姿は石柱と化してしまっていた。
そう、ミレイは、自身を犠牲にして全魔力を注ぎ込み、扉を封印したのだ」

瞳を潤ませながら、悲しげな声で、少年がつぶやいた。「みんな……死んじゃうの?」

男は微笑みながら、首を横に振った。
「いいや、彼らのおかげで、我々の世界は守られたのだよ。
そして、ミレイの封印が解ける気配はないから、安心して良い。

ミレイを石柱から元の姿へ戻し、扉を永遠に閉ざす方法は、ボーダー王がいつかきっと見出してくれるはずだ」

少年の顔には、無邪気な笑顔が戻っていた。
「おじさん、王様のこと教えてくれて、ありがとう!」

走り去る少年の姿を見送る瞳は、静かに閉じられた。失った仲間たちに祈りを捧げるように。