~第五章:二重螺旋の拱門 前編~

地上世界物語 / 樹内の坑道

「力を宿した宝珠を手にしたようだな。ならば、これから話す場所への立ち入りを許そう」

地を穿つ者 カルガレオンの国へと遣わされたドワーフの使者が、人間の冒険者が手にした葡萄型の宝珠を指差し、神妙な面持ちで話し始めた。
身に帯びると全身に力が漲るその宝珠からは、仄かな輝きが放たれている。

「我らロックボム一族は、ベルアイルを支える樹に穴を穿ち、地上を目指す坑道を掘り進めておる」
ドワーフは、面積が顔より広い髭をひと撫でして、言葉を切った。
「ちょっと待ってくれ。
倒れることはないだろうが、世界樹に手をかけるような真似をして平気なのか?」
ツルハシを背負った男が、眉間に皺を世寄せる。
「デモニカの脅威が迫っておるのじゃ。事は複雑な問題を抱えておる」
樹を穿つことに抵抗を覚える男は、一段と顔つきを厳しくした。
「しかしだな・・・・・・」
男の言葉を遮るようにドワーフは言葉を続けた。
「一刻も早く地上への道を確立する必要があるのじゃ。
目の前に迫る破滅に気づきもせず、利己心だけで行動しておる汝らには理解できぬかもしれぬが」
「少々言葉が過ぎるとは思わないか、ドワーフよ?」
ドワーフの言葉を不遜と感じた男は目を細めた。
あたりに緊張が疾った。
「頻度を増すデモニカの襲撃は、我らのみならず、汝等の文明存続にも関わること。ゆえ、早急に対処せねばならんと申しておるのじゃ。ヤツラの攻勢が増せばどうなるか見えておらぬはずはなかろう?
このままでは、いつ人がデモニカに屈することがあってもおかしくはない。誰もが胸に秘めながらも口にしない恐怖の芽を刈り取るには、地上に行くしかないのだ」

「我等は樹上世界に永く留まっておるがゆえに、我らにしか見えぬものもある。
この世に命を受けたものは、いつか必ず老いて、死を迎えるのが定め。しかし、このままでは先に破滅を迎えよう」
ドワーフは小さくため息をついた。
「今、この世界は疲れはじめておると気がついておるか?
人の目の届かぬところで、世界に綻びが生まれておる。
その芽を摘むためにも、我らは喜んでこの世界のために働こう。そして人に力を貸そう」
ドワーフの言葉には世界に対する愛情が滲んでいた。
「我らとて、望んで、永きに渡り世界を支えた樹に手をつけておるわけではないのだと理解していただけまいか?」
義務を全うしようとする者の苦悩を秘めた言葉は、あらゆる者の胸を打つ響きを含んでいた。
そのはずであった。
空気をものともせず、葡萄の宝珠をクルクルと持て遊んでいる女剣士が口を開いた。
「うんうん、世界樹に穴あけても問題ないわけね。
でっ、これから世界樹ってルーンで出来た神秘の世界へ入れるわけでしょ? 中には、見たこと無いような不思議な素材とかが眠っていたりするのかしら?」
瞳にありもしない宝石の姿を映す剣士に向かい、ドワーフは答えた。
「あるやもしれぬな。
じゃが、樹は切り崩す刹那自己修復を繰り返し、壁のように立ち塞がってくる。生命力が嵐のように吹き荒れる中、望みの物を持ち出すのは難儀ぞ。お嬢さんに勤まるかな?」
あまりにも軽薄な剣士に対し、ドワーフの言葉には苦笑が交じっていた。
「あら、そうなんだ。でもあたし、結構強いから大丈夫だと思うよ」
宝珠を廻していた手には、いつ抜刀したのか剣が握られていた。
「ほぉ、人にしてはなかなかの動きをするの」
「でしょー?」
常人には止まっているとしか見えぬ剣が、振られているものと看破したのだ。
「うんうん、これでも地上へ行ける資格もってるからねー」

「汝らのような気概と腕を持った人間が地上を目指すとあらば、いかなる困難も乗り切れるやもしれぬな」
二人の後姿を見つめていたいたドワーフは、餞別とばかりに助言を投げかけた。
「……宝珠は肌身離さず持ち歩いておれ。
その力が、樹の内の自然に働きかけ、汝らへの敵愾心を抑止してくれるはずじゃ」

閉まりかけの扉からは、威勢のいい声が返ってきた。
「そうそう、いろいろと教えてくれてありがとよ。この宝珠で長生きできて、いいもん見つけたら、あんたの分も持ってきてやるよ」

ドワーフはやれやれという顔つきで
「いやはや、人間という生き物はいまだに理解できん」
とつぶやくと、椅子に深く腰掛けた。

ドワーフの掘り進めている穴の入口を目指し、カルガレオンの街をふたつの影が旅立った。

岩の柱 「ちょっと……この岩、自然に再生してくるわけ……!? なんとかしなさいよ!」
二人の冒険者の目の前には、数刻前に切り崩したはずの岩の柱が立ちふさがっていた。
「“世界樹”の生命力は地上世界から得ているとも聞いている。岩に見えるが、“世界樹”に取り込まれた自然の一部であり、再生力は活発な生命力の証だろう。この坑道内に満ち溢れている力は、人間には計り知れん、巨大なものなのかもな」
納得したような表情を見せて、“職人のエプロン”をつけた男は、再びツルハシを振りかざしたが―

数時間前。テーベ高地の“メテオラ風車”の深部。
立ちはだかるオークの一団を撃破したその先で、彼らは地の底へと続く入り口を護る一人のドワーフを目にした。
二人が手にしていた葡萄の宝珠に気づくと、そのドワーフは、彼らが掘り進めている坑道への立ち入りを許したのだ。

湿った空気が満ちる坑道は、自然にできた巨大な空間を挟みながら、奥へと続く。道は人の侵入を拒絶するかのように曲がり、うねっていた。
行く手を巨大な岩や枝でさえぎられるたび、男はカバンに詰めた道具を取り出して、ひたすら道を切り開いた。

「まったく、アンタもたまには役に立つんだから……」
見下した口調とは逆に、女剣士は、ツルハシを持った男へ熱い眼差しを注いだ。
そして、そっとつぶやいた。
「アタシも、式までには女らしい振る舞いを身につけないとね」
男は気づかぬのか、黙ってツルハシを振り続けていた。

「さあ、この先は広い空間になっている。何かが潜んでいるかもしれんから、気をつけろ」
砕いた岩を乗り越えて部屋に入った瞬間、二人は違和感を覚えた。
戦慄。いや、恐怖を。まるで、デモニカと対峙する時のような……。

砂煙と共に、巨大な魔物が地中から姿を現したのだった。
節足動物のように多数の脚を生やし、鋭い爪と牙を備えている。そしてその青く光るその眼は、巨大な頭部の中央に一つだけだった。

魔物との戦い「なんなの……コイツ……。この気配……デモニカ!?」
恐怖に震えた声を絞り出しながらも、女剣士はフレイムブリンガーを鞘から引き抜いた。
「怖かったら……アンタだけ、逃げてもいいんだからね!」

「いや。オレたちは戦うしかないようだ。このムカデ野郎とな」
魔術書を取り出した男は背後を親指で指しながら、覚悟を決めた声で応えた。
「岩が再生している。砕いている暇はないぜ」

二人の決断を待っていたかのように、魔物は、咆哮と共に長い身体を宙に躍らせた―

ツルハシを振るうドワーフ ベルアイルの地表の奥深く。
穿たれた坑道は、果てがないと思われるほど深く地の底へと続く。「第一階層」と呼ばれる広い空間へ続くのだが、それは地上へと着いたのかと思わせるほど長い道でもあった。それほどの深度であっても、
「まだ世界樹の上層じゃ」
とドワーフの採掘者は語る。世界樹の高さとは、どれほどのものであろうか? 坑道内でツルハシを振るう者たちは目配せをし、冒険者に対して多くを語ることはなかった。
そもそもドワーフは特定の者を除き、人間と会話することがほとんどない。多くは、一瞥するだけである。一層目から3つの坑道が掘り進められているが、“地を穿つ者”と呼ばれているドワーフが指揮する坑道でもそれは同じであった。

世界樹から漂う霊的なものか、周囲には凛とした気配が漂う。奇妙な緊張感が空気に漲るなか、ツルハシが地に刺さる音と、振り手の力のこもった声が重なる。何人ものドワーフが自分たちには十分すぎるほど大きな穴を掘り続ける。
「そろそろじゃ」
ツルハシを通じて伝わってくる土の感触の変化を感じとり、ひとりが口を開いた。程なくして、土壁から大樹の幹が露出する。
「では、得物を変えるかのぉ」
壁際に数種類のツルハシが並べられていた。黒褐色のアダマンタイトは樹が持つ硬質部分を砕き、軽量かつ強靭なミスリルは素早く掘り進める場面と、得物を使い分け掘り進めるためだ。
普通に砕けば、道具がよくともすぐに樹が再生してしまう。しかしドワーフの力量は、しかるべき道具を用い、樹脈が切断されたことを感じさせぬように斬ることを可能としていた。人には決して真似することのできない技量は、彼らの誇りでもあった。
「いつもながら良い腕じゃ」
“地を穿つ者”が仲間にねぎらいの声をかける。
「それらの得物は、人間が集めてきた材料によって作り上げた。中には人が作り上げたものも混じっておる、良い出来とは思わぬか?」
言葉を受けたドワーフは、手にしたオリハルコンの粉末がきらめく白いツルハシを見つめ、
「人の手を借りずとも、我らはさらに良いものを用意できる。坑道内で傷を負い我らの助けを求めるような貧弱な輩の手を借りるのは、時間がないからじゃ」
吐き捨てるように言うと道具を変え、掘削に打ち込みはじめた。
人間と接するうち、ドワーフたちの間には種族の優位性を謳うと共に、驕りの心が芽生え始めていた。
まだ見えぬ地上への道に、約束されたルートはない。
再生能力の逞しい樹を貫くとあっては、ドワーフの技術をもってしも手に余ることが予想できる。呪いによってかつての力が失われた焦りと、ただただ老いゆくだけの危機感が心を締めつける中、利己的な採掘行為や戦いのために訪れる人間を蔑むことが歪んだ力となっているのだ。
「わしはどのような得物を振るい、仲間の心に根付くものを砕けばよいのじゃろうか」
皺だらけの手をしばし見つめたのち、“地を穿つ者”は仲間と共にツルハシを振るい始めた。

樹内の洞 ベルアイルを支える世界樹。
巨大な大陸ひとつを支える樹を穿ち、地上への道を確保しようとするドワーフたちは、昼夜を問わず、自らの体に匹敵する大きさのツルハシを振るい続けていた。人間が通れるように大きめに掘られた穴では、得物を振るう空間は十分にある。
いつ終わりが来るかわからぬ掘削には、並々ならぬ地力と忍耐を必要とする。ひとつの坑道を除き、彼らが食を取るとき以外に手が緩むことはなかった。

地上を目指す3つの坑道のひとつ、“地を斬り裂く者”が指揮する穴で、作業の手が止まった。
ドワーフが「ノード(瘤)」と呼ぶ、握り拳ほどの膨らみを宿した枝が、土壁の隙間から露出していた。ノードには瘴気が溜まっており、強い刺激を与えれば破裂することを、彼らは身をもって経験している。
枝の周囲の土を慎重に取り除く。ひとりのドワーフが手斧を片手に、土から枝をむんずと引くと、ひと振りで瘤のついた枝を切り落とした。そして、同じ様な枝が積まれた一角へと無造作に放り投げた。
「もう少し丁寧に扱わぬか。破裂させてしまっては意味がないであろう」
さして大きいわけでもなく、強いわけでもないが、自然と威圧を感じさせる声。
何人かの仲間をつれ、坑道の入り口からやってきた“地を斬り裂く者”だった。
慎重に拾いあげたノードを、皆の目線の位置まで持ち上げる。
「こいつが孕んでおる瘴気は、地上の動物を凶暴化させてしまう。それは皆も知っておるはずじゃ」
仲間うちでも若いほうに分類されるドワーフが異をとなえる。
「だとしても、我らに異常が起きたことは一度もないではないか。ならばいちいち切除などせず、一気に掘り進めてもよいのではないか?」
深く掘るほどに、数を増すノード。有毒かも判っていない瘴気のせいで、たびたび作業の手を止めていては、掘るペースを狂わされてしまう。
「他の穴の者は、気にせず掘り進めていると聞くぞ」
別の者も後押しする。深度の面で他の穴に差が開くのは面白くないのだ。
“地を斬り裂く者”は仲間たちの顔をじっと見回し、かぶりを振った。
「あの者たちは気が短すぎるのじゃ。いまのところ影響はないようじゃが、吸い続ければどうなるかわからぬ。作業の手が滞るのはわしも望まぬが、慎重に進めるにこしたことはない」
「それは、命令かの?」
「──そうじゃ」
きっぱりと“地を斬り裂く者”は言い放った。
上に立つ者の言葉は、ドワーフにとって絶対を意味する。だが、皆が納得したわけではないことは、一部の者たちの苦虫を噛み潰したような表情を見れば一目瞭然であった。

「この節に含まれる瘴気が我らに有害でないとしたら、枝を切断するのはあまり意味がないと思わぬか?」
束ねた「瘴気を孕む枝」を廃材置き場に積み上げていく。近くに“地を斬り裂く者”がいないことを確かめて、仲間のひとりがぼそり、と不満を口にした。
「瘴気の成分が分かっていない以上、その答えは出せぬ」
「樹内の魔物から出ている毒素を樹が取り込んで、外へ排出しているだけであろう? わしらにとって危険なものなどないぞ」
呪いを受けているとはいえ、ドワーフは毒に対して高い耐性を有している。
「普通の毒ならば、な。だが、地上の文献にも存在しない何かが含まれているとしたら?」
「そんなものがあったのなら、とっくの昔にわしら全員くたばっておるわい」
声高な笑いが強い視線を受けて止まった。
「果たしてそう言いきれるか? 世界樹では何がおきるかわからんぞ」

苛立つ気持ちをぶつけるかのごとく、乱暴に振るった木こり斧が、それまでとは明らかに異なる感覚──いや、感触を手のひらに伝えた。正しくは、何の感触もなかった、というべきか。
切り落とした幹の先に、不意に姿を現した漆黒の空間。慌ててカンテラを持ち出し、緊張した面持ちで明かりを穴に向ける。
「見ろ、洞窟じゃ!」
その言葉を皮切りに、達成感を含んだ歓喜の声が次々と発せされた。
選ばれた3人のドワーフが、すぐさま下へと降りる準備を始めた。大型のバックパックに荷物を詰め込むと、仲間の手を借りて背負い込む。
先頭に立った者が、その一歩を踏み出そうとした瞬間。
足元から伝わるわずかな振動を感じ、顔を見合わせた。
「まずいぞ、急ぐのじゃ!」
切断した幹が再生をはじめたのだ。地から天井へと向かう鏃のごとき鋭い樹の枝が軋みをあげる。
3人は転がるようにして穴に飛び込んだ。幸いそれほどの高さはなく、怪我をすることもなく地面に降り立つことができた。
手にしていたカンテラのシャッターを上げて周囲を見渡すと、そこはほどよい広さを持った洞だった。暗闇のなか、鉱石の柱がおぼろげな光を放っているのが見える。坑道にいる仲間に無事であることを叫ぶと、一同は我先にと1本の柱に近づいた。
「これは……」
「見たことのない色をしておる。ぬしはこいつを知っておるか?」
「いや、初めて目にするものじゃ」
未知の鉱石を前にして、至福の表情を浮かべる3人。やがて見ているだけでは物足りなくなったのか、柱に手を添え、感触を確かめだした。どのようにしてこの鉱石を掘り出そうか、この鉱石ならばどんな武器を作るにふさわしいか、と矢継ぎ早に口を開く。
──彼らは気づいていなかった。
洞の壁面に節くれた枝々が、奇怪な形作るがごとく露出していることに。
そして、闇の中、音も立てずに動く「何か」に。
暗澹たる世界でまどろんでいた者が、ゆっくりと目を覚ました──